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質屋のスタッフブログ

1998年 長野オリンピック冬季競技大会(第2次発行)1万円記念金貨

鴫原質店の弟さんです。

私好みの懐かしい金貨を買取したので記録用しておきます。1998年の長野オリンピック冬季競技大会(第2次発行)1万円記念金貨の画像それがこの1998年の長野オリンピック冬季競技大会(第2次発行)1万円記念金貨。

収納ケースには偽造品対策のホログラム。偽造品対策のホログラム長野県の花である「リンドウ」がうっすらと白く輝くの姿が美しい。

こういう保管が前提の記念品はケースから出される事が無く、私が最初に直に触ることが多いです。この金貨も折角だから「触ってみよう!」と思いケースを眺めると、ケースの経年劣化のせいか爪が硬い。ケースの爪の部分「ケースを壊すと減額」になるらしく、開閉を諦めケースの上から鑑賞する事にさせられました(残念)。

デザインはこんな感じ。1万円金貨の表のデザインツッコミどころは平成9年(1997年)と1998年の文字。オリンピック開催期間は2月7日から22日までで、平成9年度の冬季に開催されました!。西暦では1998年で平成10年に開催されたけど、平成9年度に開催されたという、記念金貨あるあるの日本文化です。発行された年数を書いているだけなのかもしれないけど、不思議と目がついてしまうよね。

裏面は優雅なアイススケート。1万円金貨の裏のデザイン第1次発行はラージヒルの「V時ジャンプ!」、第3次発行はスピードスケートが描かれたようだけど、見る機会があればいいな。因みに、ジャンプスキーはメダルラッシュで、テレビ中継に熱狂してた思い出があります。歓喜で抱き合う男達のうれし涙に感動したもんだ!(※若い人には無縁な話)。

観察しないと分からない、手の込んだ工夫は丁寧な日本らしさを感じさせます。特殊な方法で彫られたデザインに光を照らしてみた様子部分的に鏡面の反射角を造っている為、見る角度により少し見え方が変わります。「へ~~」って少し眺めてましたが、女性の描写が凄くリアルだったら、かなり怪しい行動ですね。私は女性を見てるのではなく、「造り」や構造を見てるのだよ!。

説明書があるのでそのまま掲載させて頂きます。金貨の説明書純金製の15.6グラム、直径は26ミリ。発行枚数22,000枚なので、あまり見る事のない金貨かも。

この1万円金貨はいくらで販売されたのか調べてみると15.6グラムの金貨が6万6千円(財務省のページで確認できます)。田中貴金属さんのこの年(1998年)のインゴッドの店頭販売価格は中央値で1グラム1,400円位かな。これに消費税5%を掛けた金額が取引値ですが、原価率(※金の)は33%位だな(笑)。デザイン費や販促費やパッケージ代など含めると、儲けがいくらなのか興味深い!。当時の金価格について調べてみた画像ついでに金価格も確認してみましょう。表示してるチャートはドル建ゴールド1オンスだけど、円建てゴールドはプラザ合意により1ドル250円から80円程度まで円高に駆け抜け、国内金価格が大暴落を続けた20年の歴史は、今では信じられない誠の事実。私がこの職についた時、24金(K24)が千円以下だったのを思い出します!(笑)。さて次の10年はどうなるのだろう?。

この頃(平成10年)の自分を思い浮かべると、昭和生まれの私は「頭の中全部がお花畑」で埋め尽くされた、その日暮らしの超ハッピーな学生でした。ガソリン1リッターは88円位だったな~。車のマフラー取り替えて「ブォ~~」って音鳴らすの流行ったな~。ファミレスのランチは500円位で、とってもお世話になったな~。会津っポ(※幸楽苑)の醤油ラーメンは290円で相当な頻度で食べてました!。吉野屋の牛丼にもよくお世話になっていて、370円並盛の汁だくに110円でご飯並を追加して、無料の紅ショウガ山盛りにして腹パンにしてな~。古き良き時代の思い出に浸っても無意味なのだが、若き日の思い出って・・・いつまでも消えないのよね。歳を重ねると、2日前の出来事さえすぐ忘れるのに、何故に数十年前の事を鮮明に覚えてるのか「謎」です。

そんな「年寄(←私)」アルアルの思い出話を無駄に語った上で現状の考察を。学生時代には多くのアルバイトを経験したけど、コンビニ(ファミマ)の深夜バイトの時給は1,100円(8時間労働の深夜手当プラスでで1日1万円だった)貰ってたし、中学生の家庭教師の時給は1,800円だった。ステップマン(ヨークベニマルの駐車場誘導員)のバイトは時給900円だったし、携帯電話工場でのランニングテストの住み込みバイトの時給は1,500円(※深夜手当の追加あり)だった!。週2日働いた給料(2万弱)で1週間は余裕で飯が食えのはホントの事で、将来の悲観(来週どうしよう?とか)なんて全くなかったゾ。そんな時代と比べても意味は全くありませんが、少し先の未来が、今よりもっと生きやすい環境になればと願う今日この頃です。あとは世界平和!。

本日は以上でございます。



仙台市のインフレ率と日銀の動きの考察

鴫原質店の弟さんです。

仙台市のホームページに10月の物価情報が掲載されたました。一般的な普通の生活を営む多くの方に関係するはずだけど、多くの方には興味がない話、そして私にとっては趣味でございます。仙台市のインフレ率仙台市の情報によれば、コアCPI(生鮮食品を除く総合)は2.8%(年)のインフレに対し、食料品だけは4.5%(年)という強い価格上昇が続いてる状況。典型的なコストプッシュインフレの特徴で、お米価格の高止まりと円安の影響だろうか?。食料品が落ち着くという日銀の見通しはハズレです・・・。

10年国債の利回りで為替を観察し、色んな事を書いてきたけど、4月初旬に「わ~ぎゃ~」騒いだあの日から、10年債金利差と相関する為替変動は今のところ消滅。仙台市のインフレ率相関を探すの好きだけど、初動に敏感でありたい。日銀が買いオペ継続してる状況にも関わらず、日本国債がドンドン売られ利回りが上昇してる理由は何だろう。実質金利低下や財政赤字拡大懸念や対外収支構造悪化などの悪材料か?、それとも期待インフレ率の上昇という材料か?。正直・・・一般市民の私なんぞが気にしても無駄なのだが・・・、米国様の利下や日銀の利上の時に答え合わせをしようと思います。為替に金利が反映され、元の相関関係に戻ってきたらドル円が極端に変動する可能性がある点には注意かな。今の円安は、ドルそのものがも下がってるからドル円だけ見ても実感わかないけど、ユーロ円は史上最安!で笑えない。

物価の話に戻ると、国が発表した10月のインフレ率は下記の通り。国が発表したインフレ率インフレ率が3%なので、国内政策金利0.5%だから実質金利は更に低下してるよね。半分以上が食料品の値上がり?。多分芳しくない状況のような・・・。

継続観察してる主要通貨に対する円の価値を表す円インデックスはこんな感じです。円インデックスの現状この数値が下がってくると、日銀審議員の利上げ発言が多くなってくる事にも何だか慣れてきました。だって意図してやってるってもう気づいたもん!。

今月初旬にもお借りした日銀発表のコアCPI予想。最初は「そ~なんだ~」程度で見てたけど・・・、インフレ率が急に1%位下がる理由は何だろう?。日銀の物価見通し米国様の利下影響か国内の利上影響かは分からないけど、為替以外にインフレ率が下がる見通しに関係する事が私には思い浮かばない(※アホなんで!)。政策運営者である植田先生達が、この現状で、何故この予想を出すのか考える事が好きだったりしますが、答え合わせは数十日~百数十日後です。ほんとすぐ先の事なんで、色んな指標を確認するのが楽しみです。

11月26日に日本銀行に掲載されていたありがたい資料を確認します。植田先生がずっと前から言ってる「刈込平均」が今年中盤から2%超えてる。これも日銀審議員の発言が相次ぐ原因なのかね?。刈込平均日本の金利上昇が世界中に影響を与えるという議論が、世界各国で論じられてますが、過去に日銀が政策金利を上げたタイミングで、多くの指標が動いたので次の機会もよく観察したいところです。もし政策金利を上げたら、1995年9月から30年間続いたほぼ無金利状態(0.5%)が変わる歴史的瞬間で、滅多に見れるもんじゃない。外圧ショックで利上げ無しの可能性もありそうだけど・・・。

日銀審議員の大分での講演議事録に「私の妄想の答え合わせ」が書いてました。意図した円安政策であることを、ここまで言い切っていいのだろうか?という疑問は残りますが「珍しく正解」!(笑)。議事録の切り抜きそして先月の「日銀決定会合の主な意見」の最後の最後の政府要望の部分に・・ひっそりと赤い下線のキーワードが追加。色んな事が変化してるけど、国の政策そのものが物価を上昇させて、名目GDPを上昇させたい意向を感じてします(※個人的意見)。私のような中年にはつらい・・・。

11月初旬ももブルームバーグの記事をお借りしたけど、先週の別の記事があったので、ちょこっと話のネタに借りておきます。ブルームバーグ記事の切り抜き「円」絶望説も多いけど、全くの真逆の見解も多い。「日本当局による円買い介入への期待」と小さく書いてるけど、春までの実質金利の底上げ期待が追加されていくのかな?。情報が氾濫する今の環境では、何が本当かは自分で考えるしかないよね。

同じ記事で、詳しいグラフもありましたので、切り抜き掲載させて頂きます。予想なんてあてにもならないし、お金の流れがどう動くかで相場が決まるので【参考程度に】。ブルームバーグ記事の切り抜き2投資先通貨の1番に円があるのが面白い。円>金>ドルのこの比率で考えれば、ドル建て資産と割り切って考えるのであれば、ドル建てゴールドはその恩恵を受け、規模こそ違えど、これはずっと前から想像してた通りかな。為替変動が仮にあるとして、元々警戒はしてるので、その規模感がどの程度なのかは他国次第。一応、1ドル200円を超える円安になるという円崩壊論もあるので、先の事など分かりません。ただ日銀が望むのは対ドルで145~155円なので、国内の力学で通貨価格維持をする可能性も捨てきれない(※政府と日銀タックなので何でもあり!)。

通貨安前提で為替とインフレ率を安定させる為に利上げする不思議な政策だけど、「2%の安定した物価上昇」という目標に向けて使うツールが、他国とは根本的に違うところは凄いのかもしれない。それに、この流れ(物価と金利上昇)が永遠と続くのであれば、金利ってどこまで上がるのだろうと不思議に考えてしまいます。理屈の上では名目成長率が金利より高ければ、インフレが継続するけど、金利上昇の許容耐性を越える部分が将来のどこかで表面化しそうに思えます。それに外圧(円高)でも物価が押し下げられるので、その時も理解を深めたいところ。その場合は、人手不足による賃金上昇圧力が物価にどう影響するかが「鍵」なんだろうな。ホントどう動いていくのやら?。

とはいえ、物価高という言葉が独り歩きする中、経済成長の意味やスタグフレーションの本質を考えると、立場によって2極化してるようにも思え、「景気拡大の物価高」と「景気停滞時における物価高」の両方が立場によって混在してそう。なんか凄い状況になってきたな~とは思うけど、5年前にこんな状況を想定してた人はまずいなさそうです。今後の物価動向については、やっぱり植田先生達を鑑賞し続けるのが良さげだが、個人で大事なのはインフレ対策・・・といっても、年間物価上昇率は複利で動くから、複利込みで3%(←※今の状況が仮に続けば)を継続するインフレ対策ってかなり難易度が高いよね。ホント困ったものですが、食料品のインフレ率は配慮願いたいところです(悲)。

本日は以上でございます。



仙臺商業学校の拾円札と200円札

鴫原質店の弟さんです。

少し時間があったので、お客様から頂いたモノの観察日記です。「あんたこういうの好きでしょ~」とお客様に頂いた、おじいさんのおじいさんの時代のモノみたい。質屋とな~~も関係ありませんが、一応、地元仙台とは関係がありそうです。全知全能のグーグル先生にも記録がない、もしかしたら貴重なモノなのだろうか?。

鑑賞対象は「仙臺商業学校 」と記載があるお札。仙臺商業学校と書かれた印刷物「拾円」との表示があるけれど、紙幣には見えない。

裏面には印刷なし。仙臺商業学校と書かれた印刷物の裏面やっぱり紙幣ではないと推測される。

同じ形式で大きいサイズの200円札・・・漢字変換ができないのが驚きです。仙臺商業学校と書かれた200円札こちらは少し紙の質が違って、ちょっと安っぽい。2つを一緒に撮影してませんが、1.5倍くらいのサイズ感です。

「印刷?」「版画?」。仙臺商業学校と書かれた部分の拡大画像私立仙臺商業学校って書いてるよね。いつの時代の字体だろう。

全く持って解読不能。解読不能なハンコ文字義務教育をシッカリ受けた私は、国語の授業で「跳ねる」「止める」という教えを受けてるので、直線が曲がった時を読むことができない・・・。つまりは現代義務教育が開始された以前の品物という事が想像できる。小学校の先生の教えが、私の中にしっかり残ってるのを理解する瞬間でもあった(汗)。

これは伊達政宗公で確定!。伊達政宗のようなキャラクター印字兜の紋章や仮面の右目の特徴がしっかりと描かれてます。

ここはどこでしょう?。印刷された風景仙台城の入り口かしら?。

取敢えず、写真を撮ってAIに聞いてみた!。聞いた数だけ答えが変わるので少し面白い。そして瞬間で答えてくれるので有能なのかもしれない。AIの回答そんな思考から応えてくれたもの全てを載せてみます。そして、これが「正解かどうか」なんて関係なく、推測でも答えてくれるのが賢い!。人間の思考なんて、要らなくなる時代がくるのかね?。

この2つは最もらしい推測かな~と感心しました。AIの回答の有力候補個人的には「商取引を学ぶ為のアイテム」という部分に「なるほど!」と思いましたが、事実かどうかは不明です。もう一つの1914年(大正3年)に設立された「仙臺商業学校 」という部分は一つのキーワードかも。

そしてグーグルAI様にも問い合わせ。質問は「仙臺商業学校とは?」。
<以下AIの回答>
仙臺商業学校は、明治29年(1896年)に東北初の近代商業教育の拠点として創立されました。初代校長は遠藤庸治で、当初は「仙台市商業学校」としてスタートし、明治32年(1899年)に校名を変更しています。
<ここまで>

今度はウィキペディアで「遠藤庸治」様の事を調べると、仙台市簡易商業学校が後の仙台商業高校と書いてあり、なんか違うな・・・。「む~~~」と思い今度は人力で探してみる!。すると1908年発行されたらしい国立図書館にある「東宮行啓記念宮城県写真帖」に校舎の写真がデータで掲載されてました。そこに記載されてる名前は「仙臺商業学校」という文字。その一方で・・・1896年に開校されたとされる「仙台市簡易商業学校」の古い校舎の写真もある。二つの古い校舎の写真は別物のように見え、違う学校の話かもしれない可能性や「高校」という先入観が邪魔をするので、ここで諦めました。(※時間を決めないと、いつまでもやり続ける人間なので!)

<ここから空想物語>
明治時代後半の貨幣について何度か書いた事があるれど、実際に「金貨」「銀貨」があった時代です。銀900と銅100の割合で造られた貿易専用の1円銀貨もあったようで、通貨単位はそんな感じの時代。そんな時代背景の中、10円とか200円って「莫大な金額なのではなかろうか?」などと思うと、AI君が思考してくれた通り、練習用「商取引を学ぶ為のアイテム」という説は正しいのかもしれない!と納得してしまいます。正解かどうかは別として、AI君の瞬間の回答に、おじさん(私)の思考がようやく追いついた「カモ」しれない瞬間!。その時間・・・遅れる事15分(涙)。ま~この紙が100年以上に造られた可能性が高い事は想像できたので良しとしよう!。ただ、おじいさんのおじいさんの時代の品物を「こういうのすきでしょ~」と譲り受けたのはいいが、どうしたらいいか分かりません!!。仙台商業高校に寄付すると申し出たら喜ばれるのだろうか?(汗)。こういうことしても、時間の無駄・・・と言われそうだけど、こういうの調べるの・・・好きなんですよね。

本日は以上でございます。





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